合名会社 山本佐太郎商店 代表社員
(平6卒)
昭和50年7月7日生 岐阜市出身
南山大学経営学部卒業後、明治9年創業の油問屋 山本佐太郎商店に入社
平成10年同社4代目代表に就任。庶民派から高級店まであらゆる飲食店を巡りグルメ情報を発信する。
大地のおやつ・白ごはん.comストア・岐阜まち家守 代表・岐阜町若旦那会 会長
合名会社 山本佐太郎商店 代表社員
(平6卒)
昭和50年7月7日生 岐阜市出身
南山大学経営学部卒業後、明治9年創業の油問屋 山本佐太郎商店に入社
平成10年同社4代目代表に就任。庶民派から高級店まであらゆる飲食店を巡りグルメ情報を発信する。
大地のおやつ・白ごはん.comストア・岐阜まち家守 代表・岐阜町若旦那会 会長
幼いころから住み慣れた自宅兼作業場であった建物を、令和5年に木材を利用してリノベーションし、吹き抜けのある明るく温かい空間に様変わりさせた山本さん。「ここを伊奈波界隈の情報発信拠点にしたい」と、北高への想いと40 歳を過ぎた今の心境を語っていただきました。(聞き手 高田 竜太(平5卒)
そうですね、応援団を3年間やっていましたのでやはり応援団の思い出が多くあります。良くも悪くも目立っていたので先輩にからまれたりしていました。でも当時の応援団の先輩が庇ってくれて、さらに応援団のメンバーとの絆が強くなった気がします。体育祭の他、文化祭でのクラスの出し物も楽しかったです。3年の時は自分達で脚本も衣装もつくって「美女と野獣」をやったり、2年の時はスタンドバイミー〜北高バージョン〜を映像にして校内で放映したりしました。色々な思い出があり、一生懸命全力で過ごした3年間でした。
高校時代ってやりたいことが沢山あって、応援団だったり部活だったり恋愛だったり・・・。でも学校から出される課題ってかなりあるじゃないですか、だから限られた時間をどう過ごすのか、科目でもコレはやるコレはやらないでおこうと切り替えながらメリハリをつけて取り組んでいました。おかげで社会人になっても切り替えは早くできる様になりました。仕事では、色々なことを並行してやらないといけないし、判断も早くしないといけない。だから落ち込んでいる暇はないですよ。困難なことでも気持ちを切り替えて前向きに出来ているのは、そんな高校時代の経験が活きている気がします。
初めは小学校の頃ですね。親父のトラックの横に乗って商品の配達についていったんです。体が大きくなるにつれ、重い荷物も持てるようになって、お客様のところに行けば「おおよく来たな」って。親が働く姿が生活の中に当たり前にあって、その姿を見て僕も将来この仕事を継ぐんだろうなって意識はもうその頃からありました。
先ず、もし親父が生きていたら僕はこの会社を継いでいただろうか?ということは今でも思うんです。というのも大学卒業後、世界が見たくて渡航費用を稼ぐため店を手伝っていたんです。でもそのすぐ半年後、親父が急病で亡くなってしまったんです。そこが家業を継ぐ判断の1つだったと思います。継がない選択肢もあった中で継ごうと決めたのは、親父、先代、先々代から繋いできたお客様がいて、ここの信頼関係はとても大きくて。親父が亡くなった事実を悲しみ、その一方で僕を育ててくれようとするお客様がいてくれました。僕は、その期待に応えていかなければならないっていう使命感を感じたのです。やはり人との出会いや周りの人の存在も大きかったです。変わらずずっと勤めてくれる社員だったり、母親もいますし・・・。僕一人ではできなかったと思います。
親父が亡くなる一週間前の病床で「いろんな人に出会える仕事だから尊敬できる人を見つけて頑張れ」って言われたんです。その言葉が今も僕の中で生きています。「出会い」を大事にしたい、出会いから生まれること・新しい価値みたいなものが今の山本佐太郎商店の中にはいくつもあります。「大地のおやつ」というブランドであり「白ごはん.com」のふりかけであり、この店なのです。やっぱり自分一人で出来ないなら、多くの人の力を借りながら山本佐太郎商店を経営出来ています。そこには多くの「出会い」があったからなんです。
まもなく50歳になるんですが、40歳くらいまでは自分のやりたいことは、出来るだけ全部やろうと思っていましたが、40歳を過ぎた頃から引くってことを覚えました。やらないことを決める、引き算みたいなことを。50歳を前に自分のことだけではなく、次の世代に繋げていくことも考えるようになりました。次の世代が継げる状態にちゃんと整えないといけない、という意識を持つようになりました。それは自分のことや自社のことだけじゃなく、住んでいるここ伊奈波界隈のことまで広げていくことなのです。今「岐阜まち家守」っていう不動産の会社もやっていて、エリアマネジメントを行っています。岐阜には400年、500年と育まれた文化・歴史・伝統があります。それを世界に発信し、岐阜の位置、この町の周遊性を高めてキャッシュポイントを増やす。様々な観光名所・施設、これがちゃんと繋がるなら岐阜のポテンシャルはまだまだあると思います。そんなことも未来に向けてやっていきたいです。
今「ぎふMIRAI’s」っていう取り組みの一環で、学校で講話をする機会もいただき、いつも子供たちに「出会い」と「らしさ」ということを伝えています。「出会い」については先ほど伝えた通りですが、「らしさ」というものが何なのか?ということを常に考えていくべきだと思います。「自分らしさ」って一番見えにくく、特に学生の頃って多感な時期でもあり、自分がどんな人間なのか考える時期でもあります。そんな時、自分で考えても分からないなら、周りに自分がどんな風に見えてるか聞いてみるのもひとつです。そんな風に見られてるの?という気付きは、そこにあると思うんです。自分が考える自分と人から見える自分は異なる場合が往々にしてありますが、どちらも大事にして自分が好きなことを捨てずに持ち続けて欲しいです。また、それぞれ違う「多様性」とそれを許す「寛容さ」も「出会い」には大切なことだと思います。ぜひ、自分の未来に向かって頑張ってほしいです。
初めてお会いしたのに柔和な雰囲気。取材中、こちらの質問にまっすぐ答える誠実さ。たくさんの話をしてくださった山本さんは、出会った一人ひとりに「恩返し」をしているのだと感じました。過去・現在・未来・人・場所・時間。どんな些細なことにも「恩」を素直に感じられる優しいお人柄。それが僕が感じた山本さんの「らしさ」でした。