日本特殊陶業株式会社
(平10卒)
グローバル戦略本部
コーポレートコミュニケーション室 室長
経営学修士(MBA)
テレビ塔がそびえたつ名古屋・栄の中心地。新しいビルの17階。洗練されたオフィス。英文商号(社名)を「Niterra(ニテラ)」に変更した新しいCMが受付フロアにある大きなスクリーンに映し出される。北高が大好きで母校に貢献したいという深尾奈美さん。キャリア形成について考えている方やこれから就職・転職を考えている方にとって、このインタビューが少しでも参考になればとの想いで熱く語ってくださいました。
(聞き手 加藤信子(平6卒))
高校時代の思い出をお聞かせください。
高校時代は、引っ込み思案であまり前に出るタイプではありませんでしたが、高2の時の担任、岩手先生との出会いが私を大きく変えました。それは先生に言われた「力があるならなぜもっと前へ出ないんだ!もっと上を目指せ!」という言葉。それは当時、パン好きの同級生でパンサークルを作り、パン屋めぐりや昼休みにサンドイッチパーティーを開いて楽しんでいた私の「もっとこういうパンがあったらいいなぁ」という感想ノートがきっかけでした。
先生に「もっと思ったことを発信した方がいい」とアドバイスされ、新製品のパンの企画書をまとめ、募集もしていないにも関わらず、大手パンメーカーに企画書を送りました。SNSもインターネットもない時代。手書きのイラスト付きの企画書に自宅の連絡先を添えて。
すると数か月後、会社から電話がかかってきたんです。そして、「深尾さんのアイデアを商品化させてもらえませんか?」とオファーを受け、会社に訪問し、商品開発会議に参加させていただきました。なんと、企画したパンはその後商品化されたのです。
実際に商品化されたパンを食べたときは、すごくうれしかったのですが、それ以上に、このパンを食べて多くの人に幸せになってもらえたらいいなと想像するとさらにうれしく感じました。生きていくうえで自分が大切にしているモットーは「夢は実現すると信じて行動すること」「想いはカタチにすること」です。その原点は北高時代のこんな経験から形成されています。何より、私の得意なところを見抜き、背中を押してくれた岩手先生、そして友人たちに心から感謝をしています。
パンの商品開発現場を体験し、仕事観を抱いたのもこの頃からでした。初めて会社というものを身近に感じ、様々なことにチャレンジしている社会人の姿を見て、仕事って面白そうだなと思いました。また、社会で活躍している女性の姿を見て、素敵だなと思ったのも、この高校時代の体験からでした。
学生時代と就職については?
当時テレビで人気を博していた「HERO」というドラマをきっかけに、検察官になりたいという夢を持ち、大学進学は法学部へ。ところが、大学に入学し、実際に法律学を学んでみると自分のなりたい職業はこれじゃないと思うようになり、自分の本当にやりたいことは何かを改めて考えるきっかけとなりました。「自分が楽しいと感じるときはどんなときか?どんなことに喜びややりがいを感じるのか?」と自分自身と向き合いました。そして、就職活動は氷河期という状況もあり、とても苦戦をしましたが、高校時代に出会ったあのパンメーカーから内定をもらうことができました。
就職活動で苦労をしたことから、後輩の学生たちには同じ苦労を味あわせたくないと思い、学生の就職活動支援を行う学生団体を大学の仲間とともに立ち上げました。私は幸いにも高校時代に、働く社会人の方にお会いする機会がありましたが、就職活動をするまではなかなか働く人に会う機会も少ないですし、就職活動の時期になって突然仕事について考えるのではなく、学生時代の早い段階から社会人との接点をつくることで、働くことやキャリアについて考えるきっかけをつくりたいと考えたからです。社会人の方と学生をつなぐイベントを企画したりしましたが、内定先の人事担当者や私たちの活動に共感してくださった会社の方々も協力してくれ、数多くの機会をつくり、後輩たちからも喜ばれたことはとても嬉しかったです。「想いをカタチにすること」「誰かの何かの役に立つこと・貢献すること」当時から大切にしている想いは、今もぶれておらず、その基本姿勢は変わっていません。ちなみにその学生団体は20年たった今でも大学の後輩たちが引き継いでくれています。内定先の会社では、広報や商品開発部門を希望していましたが、学生時代のこのような活動を会社が知り、「深尾さんには人事の仕事が向いている!」と人事配属になりました(笑)
せっかく期待され入社した会社を辞め、転職や大学院へ行こうとしたのはなぜですか?
最初に配属された人事の仕事は、会社自体や人の成長に関わる仕事であり、大きなやりがいはありました。ただ、高校時代に味わった商品開発の仕事の楽しさ・やりがいから、どうしても商品開発の仕事が諦められず、会社に直談判をして、商品開発部門に異動をさせてもらいました。自分がやりたかった仕事に就けたものの、商品開発の仕事は自分が想像していた仕事とは異なり、自分自身には向いていないことを痛感しました。あれだけパンを好きだった私がパンに向き合うことが辛くなってしまい、改めて自分にはどんな仕事が向いていて、何にやりがいを感じるかを見つめ直しました。そして、気づいたことは「人の成長に関わるという仕事が自分に向いており、とてもやりがいを感じていた」ということです。直談判をして人事部門から異動をさせてもらいながら、また戻りたいと言うのは都合が良すぎると自分自身に責任を感じて、会社を退職しました。その後、メーカーの人事に転職。そこでは、人事として様々な経験を積ませてもらい、人の成長を通じて会社が成長していくことのやりがいを感じながら仕事をしていました。そんな矢先、会社の大きな赤字により、グループの統廃合となり、人生で初めてリストラを経験しました。なかなか次の就職先が決まらず、自分には価値がないのだろうかと悩み、落ち込んだことも多くありました。自分のやりたいことをもう諦めないといけないかもしれないとくじけそうになりましたが、自分の強みである人事という分野で困っている企業を手当たり次第探し、募集をしていないにも関わらず、自ら書類を送り、応募をしていきました。そして、タイミングよく会社の方向性と自分の強みが合致した会社に出会うことができ、社長から「深尾さんの力を貸してほしい」と言ってもらったときには、涙がでるくらい嬉しかったです。その会社は名古屋に本社を置く中堅のITコンサルティング会社。当時300名くらいの会社でしたが、第二創業期として、1000名規模の会社に拡大したいという目標があり、社長から人の採用と育成という分野でその拡大を担うというミッションが私に言い渡されました。私を救ってくれた会社の成長に貢献したいと、社長や経営層、現場の皆さんと一丸となりながらミッションに取り組み、実現していきました。この時、社長のすぐ近くで仕事をしていたことから、経営にも興味を持つようになり、いつか経営に携わりたいと思うようになりました。ただし、自分自身は法学部出身で経営学の知識もなかったことから、経営学を学ぼうと大学院に入学。働きながら大学院に通い、MBA(経営学修士)を取得しました。大学院では、自分自身の志や使命は何かを考える機会が非常に多くあり、次第にグローバルでもっと活躍をしたい、日本の大事な産業であるものづくりの発展に寄与したいと考えるようになりました。
私自身、岐阜で生まれ、愛知県の大学に進む中で、いつも身近にあったのが自動車産業でした。そしてこの自動車産業がEV化に伴い、100年に一度の危機を迎えているということも非常に気にかけていました。とくに自動車産業の中でも、エンジンの内燃機関をつくる部品メーカーはEV化の流れから10年後、20年後には大きく縮小せざるをえないという転換期を迎えています。そんな危機的な状況の中で、何とか変わろうと頑張っている会社に貢献できないかと考えました。今の会社に入社を決めたのは、女性も少なく、古い体質も残るこの業界で、変わろうという強い意思と気概を感じたからでした。私が今働いている会社は独立系メーカーとして、「変えるために壊す、変わるために創る」という意思をもって取り組んでおり、女性が活躍できるフィールドもあり、強い経営基盤と危機感をもった経営層がいる。ここであれば、私を必要としてくれ、自身も活躍できるのではないかと思い、飛び込みました。
現在のお仕事、そしてこれからについてお聞かせください。
今の会社も人事(採用責任者)として入社し、またこれまでも15年ほど、様々な会社で人事の仕事に携わってきました。そして、一年半前に広報部門に異動し、現在は広報部門の責任者をしています。初めての広報という仕事に最初は正直戸惑いもありましたが、コーポレートブランドを強化し、社内外に向けたPR活動は会社の価値向上に向けて欠かせない大事なことでもあるため、とてもやりがいを感じています。具体的な活動として、テレビCMを制作し放送したり、新聞などのメディアに発信をしたり、イベントやスポーツの協賛などを通じて会社のイメージを発信しています。この4月には英文社名をNiterra という名前に変更しました。とくに弊社は海外での売上が8割強あることから、グローバルで認知を向上し、業界の将来性に対する不安を払しょくしたいという想いで広報活動に取り組んでいます。会社の認知度がまだまだ低いため、会社の名前やその取り組みを知ってもらい、魅力を感じてもらえれば、良い人財の獲得にもつながります。
当面の目標は、2025年開催の大阪・関西万博です。私ももちろんですが、会社としても初めてのチャレンジです。万博は「未来社会のための実証実験場」。未来の子どもたちが夢を抱けるように『弊社の強みである特殊な技術と発想から、サステナブルな循環型社会をつくる実験場』を展示として伝えていくことを考えており、今まさに準備をしています。広報は経営者の言葉を理解し、社内外に発信していく仕事でもあるため、その責任も感じていますが、やりがいを感じています。
今後はもっと経験を積んで、いつか経営を担う役割に就きたいと考えています。そのほかに、元々の自分の強みである人事の経験を活かし、副業として中小企業の採用や人財育成の支援をしています。日本の会社がもっと元気になり、働く大人がもっと元気になれば、その背中を間近で見ている子どもたちも働くことに夢や希望をより強く持てるのではないかと思うからです。自分の強みを活かし、日本の企業をもっと元気にしたいです。
『北斗会だより』を読んでくださっているビジネスパーソンへ一言お願いします。
キャリアコンサルタントの資格も持っているため、大学でキャリア形成の授業も担当しています。その際にいつも必ず伝えていることが「想いをカタチにすること」「自分の価値を高め続けていくこと」です。学生さんからも「何がやりたいか、まだよくわからないんです」という相談もよく受けますが、子どもの頃から何が好きで、何をしている時が幸せで、どんな時に悔しい思いをしたのかを思い出して、ノートに自分史を描いてみてほしいと伝えています。言葉にしてみると、気が付くことも実際にありますし、そのエピソードをつないでみると点が線になり、自分のやりたいこと・大事にしたいことが見えてきたりします。さらに、それを人に伝えていくと、賛同してくれたり、応援してくれる仲間も増えていき、必ず実現するものと私は信じています。ぜひ「想いをカタチに」したほうが良いと思いますし、その実現のために「自身の価値を高めていく努力」は惜しまずにいてほしいですね。
働き方が刻々と変化するビジネス社会において、一人ひとりが自分のキャリア形成について考えることがとても重要な時代となっています。深尾さんのように「やりたいこと」や「なりたい自分」に近づくヒントを見つけることは、自分の大事にしている軸を再認識し、自身を成長させる原動力にもなるのですね。もがきながらも前向きに進もうとする深尾さんの意志の強さに感銘を受けました。
熱い想いの中でも、「支えてくれる人たちがいるからこそやりたいことができる。」と感謝を忘れない姿に胸が熱くなりました。大阪・関西万博のパビリオンがとても楽しみです。